喜左衛門ブログ:President Blog

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2020年10月22日 (木)

町衆と京都画壇が愛を注いだ明治時代の小学校

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京都市下京区にある旧・開智小学校が「学校歴史博物館」となりました。
招待状がきたので、日曜日に行ってきました。

立派な石塀と門です。

よく見ると登録文化財のブロンズの看板があります。

この正門と石塀とさらに奥の玄関の門が文化財なのです。

受付で来館の趣旨を伝えると学芸員さんが出て来られました。
正門は、明治34年(1901)に建築された高麗門です。
玄関は、明治8年(1875)に建築された旧・成徳小学校の玄関だそうで、擬洋風の意匠がほどこされた京都市最古の学校建築です。(文化財)

実は、この成徳小学校は、昔、弊社(塚喜商事)の裏に存在した学校で、移転に伴い学校用地跡を、塚喜商事、市田㈱、伊吹㈱(現・からすま京都ホテル)の3社の呉服問屋が払い下げを受けました。
そして、私は移転後の成徳中学校(高辻通り室町)に通学していました。
思わずなつかしく、旧・成徳小学校の門をなでました。

京都の小学校は、明治2年(1869)に番組小学校として日本で最初の学区制の小学校が作られました。
町衆は町内(番組=町組)ごとに競って寄付を募り、64の立派な小学校を建設しました。
京都市・学校歴史博物館は、その当時の番組小学校の創設に関する資料をはじめ、京都市の学校に残された教科書、教材が展示されています。

また、卒業生が学校に寄贈した美術工芸品が保存展示されています。

卒業生に京都画壇で活躍した有名人が沢山います。

上村松園(1875-1949)は、児童への絵画に対する真剣な語りかけです。

安井曽太郎(1888-1955)は、美術とりわけ絵画に対する姿勢を説いています。

京都画壇の錚々たる顔ぶれが学校に愛情を込めて寄付しています。
竹内栖鳳、木島櫻谷、神坂雪佳、山口華楊・・・・
実に多彩な作家が寄贈しています。

その絵が児童にもわかる様な絵が多く、作家の児童への暖かいまなざしを感じます。

後記
明治の初年、天皇が京都から東京へ移られたあと、京都の町衆の教育への情熱、京都画壇の先生方の豊かな心に接し、非常に心が洗われました。

なつかしく何とも言えない、いい気持ちになりました。