喜左衛門ブログ:President Blog

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2021年4月26日 (月)

堂本印象美術館は素晴らしい・・・・

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先月、京都府立堂本印象美術館から招待チケットを頂き鑑賞してきました。

堂本印象画伯は、大正~昭和にかけて活躍した画家(1891-1975)で京都に生まれ西陣織の図案描きからスタートし、日本画を目指して京都市立絵画専門学校に進み第1回帝展に入選、若くして特選そして芸術院会員、昭和36年(69歳)には文化勲章を受章。
昭和50年に83歳で逝去し遺族が京都市に堂本印象美術館と作品を京都府に寄贈しました。

画伯が丹精込めて美術館を設計・建築しただけあり趣向に富んでいます。

企画展は、椿のコレクション展です。(美術館のパンフレットより)
小椋遊亀(1895-2000)、椿

山口華揚(1899-1984)、寒椿

奥村土牛(1889-1990)、紅椿

色々な作家さんの椿は、見ごたえがありました。

美術館の庭園の作品です。


本当に楽しいひとときでした。

京都画壇、京友禅、西陣織・・・・
安土・桃山時代に自由闊達な芸術を作った狩野派は、やがて幕府のお抱え絵師となり、江戸時代には大権威として君臨しました。
そんな狩野派の固苦しさに対して、都の人々は今から250年ほど前に登場した円山応挙の写生による新しい画風に魅了されました。
応挙に続く絵師(円山派)、さらに呉春は四条派とよばれ、彼らは「円山・四条派」として栄え、近代にいたるまで多くの画家が育ち、京都画壇(竹内栖鳳、上村松園、小倉遊亀など)の巨匠を生み出しました。

尾形光琳(1658-1726)は雁金屋(呉服商)に生まれ大芸術家となりました。

光琳の領域は、絵画、蒔絵(漆工芸)、小袖(染色)、陶芸など多岐にわたります。
江戸~明治時代の京都の絵師は、若いとき京友禅の下絵、西陣織の図案、扇面、清水焼などに絵を施し、茶道や華道に親しみ祇園の舞妓などの文化に触れ、町衆の力で育成されていきました。
千總、丸紅、市田などの呉服卸商の蔵には、友禅の下絵の中に京都画壇の若き日の巨匠の仕事ぶりが見られます。
京都には京都市立芸術大学(設立1880年~)は多くの画家を輩出し、京都芸術大学(旧名;京都造芸術大学)、嵯峨美術大学、京都精華大学、京都ノートルダム女子大学、池坊短期大学など多くの芸術の学部をもつ大学があり、芸術、伝統工芸、文化の都として色々な才能を生み出しています。