喜左衛門ブログ:President Blog

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2026年7月14日 (火)

唐津焼の中里太郎右衛門(14代目)先生との交流

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2023年に家内と九州の佐賀県の唐津を訪問しました。
唐津は日本海側に面し玄界灘を臨みます。海の幸が実に旨かった(^^)
佐賀県の陶磁器の世界に「サンエモン」がおられ、有田焼の酒井田柿右衛門、今泉今右衛門、そして唐津焼の中里太郎右衛門さんです。
只今、中里太郎右衛門さんは14代目で初代が登り窯で作陶されたのは420年前です。

さて九州は陶芸の宝庫ですがその由緒は・・・・
豊臣秀吉(1537-98)が明の征服を企て、朝鮮に出兵、文禄の役(1592)、慶長の役(1597―8)です。秀吉の死によって五大老の判断で撤兵をしま(1598)。結果、朝鮮半島は荒廃し、明は多くの兵員を費やし清に滅ばされる遠因となり、豊臣政権は民意を失い、関ケ原の合戦(1600)で政権を失う結果となりました。
しかし、この朝鮮出兵の結果、朝鮮から朱子学(儒学)の文献と学者、陶磁器の職人等5万人を日本に連れて帰り、江戸時代の朱子学、九州の窯元の盛業を招きました。

さて、中里太郎右衛門展が京都で開催されました。

小生は2022年に唐津の中里太郎右衛門窯を家内と訪問しました。
中里先生は東京に出張中で奥様に応対をして頂きました。
12代目(当代の祖父)は偉大な方で唐津焼を復興し人間国宝に認定されました。
13代目(父)は厳しい父に反発して、伝統に反逆し芸術院会員となり注目を浴びました。14代目は穏やかで広やかな性格で幅広い作風で味のある作品を作られます。

◆この作品は黒地の土にブルーの土をかけて焼き、一部を掻き落とすとかような陶磁器になりました。

2024年に京都で個展をされ購入をたのはこの青地の掻き落としの壺(うさぎ)です。
唐津焼は本来、石を粉砕して練り粘土となるまでこねて焼くのだそうです。

◆これは12代目の作品は典型的な唐津焼の茶碗です。

◆14代目と陶芸談義をして楽しみました。
滋賀県の信楽の土を用いたり、色々な作風を楽しみ、先生の人柄と陶芸の名人の世界を色々と教えて頂きました。

実に楽しい至福の時でありました・・・