喜左衛門ブログ:President Blog

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2026年9月14日 (月)

がらくた道楽、私の好きな十二選

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私の道楽・・・好きな美術12を選びました・・・・
① 備前焼「偏壺」、藤原啓(1932⁻2001)人間国宝

彼は人間国宝の藤原雄(備前焼)の長男として生まれ、生まれつき極度の弱視で厳しい父のもとで健常者と同じ扱いで鍛えられ陶芸家として大成しました。その暖かい人柄は多くの人の共感と人望を得ました。この大きな作品は、ひょうげた味わいと温かみが伝わります。

② 抱瓶(だちびん)、琉球陶器、金城次郎(1912⁻2004)人間国宝

琉球の漁師がこの酒器の中に泡盛を入れて漁に出ました。上から酒を入れ、右の吸い口から酒を飲む、ウエストパーチのように荒縄で腰に縛って使う。
琉球らしい豪快で素朴な作品です。

③蓋物(3つ割り)、酒井田柿右衛門・14代目(1934-2013)人間国宝

偉大な13代目(人間国宝)の長男として生まれ、48歳で父の逝去を受け柿右衛門を襲名し、2001年、67歳で人間国王となり活躍。代々の柿右衛門家の後継者として栗見ながらも味わいのある名作を残しました。肩肘を張らない誠実なお人柄に小生は大いに惹かれました。

④薩摩二種彫龍耳香炉、沈寿官15代目(当代)

初代の沈寿官は、慶長3年(1598)に島津義弘に大勢の陶工と一緒に日本に連行されていきました。以来、沈寿官は士分に取り立てられ、代々沈寿官を名乗り、島津藩の陶器所を主宰しました。某百貨店の外商部員さんと突然にお越しになり、弊社の応接間に歴史上の人物「沈寿官」(司馬遼太郎の小説に登場)が座っておられ驚きました。
当代の沈寿官さんは職人肌で実に立派な方です。この精密な作陶は驚異です。

⑤黒柿、花仕入、佐竹泰誌さん(木地師)

見事な黒柿です。佐竹泰誌さんの父君(康宏さん、小生の永年の知己)は木地師で親子で激しく対立していました。父の死後に仕事場が大火事になり永年、備蓄し乾燥させた貴重な材料(木材)がすべて灰をなり、息子の泰誌さんは大変な再スタートとなりました。 苦労が実り佐竹泰誌さんは若いが偉大な木地師になりました。

⑥漆胡瓶(しっこへい)多田桂寛(1935生まれ)

本歌は正倉院の宝物でペルシャ伝来の水差し(多田桂寛作)。山中塗の名手の多田桂寛さんと26年前に出会いそれから濃密なお付き合いをさせて頂きました。お酒が大好きで、いつも冗談ばかり言う名人でした。実に懐かしい桂寛さんです。(没)

⑦螺鈿箱(らでんはこ)「風の花」、服部岐昇

螺鈿とは貝殻の内側の虹色に輝く部分を不スク削り出し木地の表面に漆で貼り付けます。 輝く光沢がでて実に美しい工芸品です。

⑧「獅子の百合の紋章の花瓶」(1880年製)、エミール・ガレ(1846-1904)

ジャポニズムを想起させるガレの初期の作品、東洋的な色合いと柄に欧州のデザインが施される作品。小生のお気にいりの逸品です。

⑨「ガラスの花器」(1900年製)、エミール・ガレ

1900年開催のパリ万博の出品作、これもジャポニズムの濃厚な作品、まるでお抹茶茶碗を想起させるような形です。ガレのガラス工芸の地位がやっと世の中に認めれのが1900年のパリ万博で得た名声でした。小生のガラス工芸好きの記念碑のような逸品です。

⑩「花瓶、セイロン」(1924年製)、ルネ・ラリック(1860-1945)

オパルセントガラス。インコを鋳造して制作。アールデコ期は植民地主義の全盛でインコやオウムがデザインとして愛された。セイロンは今のスリランカで欧州貴族の間では新鮮な響きがあります。エミールガレの14歳年下のラリックはガラス工芸の効率化を進め、随分の近代的な作品に変えました。

⑪「花瓶、桑の実」(1930年製)ルネ・ラリック

オパルセントガラスをプレス成型し桑の実(仏語でミュール)を浮き彫りで制作。余白部分はサチネで艶消しをする。

⑫「シュザンヌ」(1925年製)ルネ・ラリック

オパルセントガラスの陰影がドレイパリー(衣紋)が美しく波打つ。彼の娘がシュザンヌラリックがモデルとも言われています。小生のもっともお気に入りの作品です。

番外編、「カボスの実」藤田潤(1951ー)

父はガラス工芸の巨匠・藤田喬平、弟は画家の藤田新、仙台の藤田喬平美術館で「琳派のガラスの箱」に興味を持ち、後年に偶然に知り合った藤田潤さんのとても自由な作品に惚れました。